福田教授の総回診【第25回】育つ情熱と信じる情熱

育つ情熱と信じる情熱

 終活を始めている私は一つの間違いに気づいた。それは自分の命をろうそくにたとえていたことである。自分というろうそくの火が、(最後の蠟が燃えきるまで)消えることなく燃え尽きたいという想いで4ヶ月生きてきたことだ。

私の終活第二クールは、サッカーチームの組織の引き継ぎとチームに足跡を残すということであるが、その「情熱」も燃やし尽くそうとしていたことである。いつしか私の体はグランドに行けなくなる。そこまで情熱(PASSION)をもって臨むのだと。しかし、情熱は燃え尽きそうもないと感じている。情熱とは、燃やせば燃やすほど湧いてくる魔法のエネルギーだったのです。命はいつしか、燃え尽きて終わるが、情熱を持って物事に取り組めば取り組むほど、ろうそくの質量(背丈)が伸びる気がするのです。

経済界の大物で私が多くの書物から生きるヒントを与えてくれた稲森和夫氏(京セラの創始者)の「生き方」という書物に情熱とは「高い純度を持って何かに没頭すること」と書いてあった。今まで、家族も自分も二の次にしてサッカーにかけてきた自分を肯定し、これからの終活における生き方(燃やし方)の神髄を見つけた気がしている。そして、情熱の炎が身のうちにすくむ病魔を燃やし尽くし、私の生命のエネルギーに変換(延命効果)出来るかもしれないと。

私にはサッカーしかなさそうです(苦笑)。幸せ者ですね。

私は自分でいうのもおかしいのですが、情熱の塊、熱血漢だ。おかげで人々との物事への取り組みにおいて、その温度差の違いで苦しむことが未だに多く、それがストレスになることもしばしばあった。

情熱で人を二通りに分けるとする。

◇多くの人にとって、一見何でもないように見えるものを自分の情熱の炎で魅力的に照らし出す人

◇自分が情熱を燃やすのに価するものを探し続ける人

後者のタイプは情熱がないわけでもない。ただ、情熱の炎の点火の仕方を知らないだけだ。稲森氏の言うように高い純度で物事に没頭する。人を真剣に好きになったときのように。情熱がかき立てたてられなくてもいいから、かきたてられた状態になりきるのだ。そうやって、心と体が燃焼モードに入ったらしめたものだ。そう簡単に情熱の炎は消えない。選手達やスタッフにそんな情熱の種を持ってほしい

話は変わりますが心理学用語で「プラシーボ効果」というものがあります。生徒をもつ先生に対して、あらかじめ生徒のうちの何人かをランダムに選び、「こいつは絶対伸びます」といって先生に信じこませ期待させて授業をさせると、先生が期待した生徒は他の生徒と比べて成績が上がったというもの。生徒同士のレベルはそんなに変わらないのにもかかわらず先生が、伸びる、と期待しただけで生徒の成績も上がるのです。それは「伸びる」と信じたがゆえに期待したがゆえに起きた現象です。「思わせ込み(洗脳)」ですね。期待するからこそ、たとえば授業中にその生徒を何回も当ててみたり、課題を多く出してみたり、授業以外にもいろいろと何かを教えたり、といったように先生自体の行動が変わったのです。

サッカーに置き換えると、それは選手の無限の可能性を信じること。自分に対しても無限の可能性を信じることだと思います。こいつらは勝てるんだ。出来るに違いない。23期生にはそう思って指導しています。

<信じる情熱>、右脳力がもたらす最高の創造力を付加価値に変換したいものですね